市谷亀岡八幡宮


市谷亀岡八幡宮は太田道灌が文明十一年(1479年)に、市谷御門内に鶴岡八幡宮の分霊として勧請しました。鶴岡に対して、亀岡八幡宮としたのはちょっと笑えます。 外濠が完成すると、さらに外郭の地、市谷の稲荷社地内に遷座されました。

■参道から鳥居
外堀通り新宿方面から市谷防衛庁を過ぎてしばらく行くと左手に神社が見えます。ここが亀岡八幡宮。左手に見えるのが空海が開山したといわれる茶ノ木稲荷神社。ちなみに右手は駿台予備校です。非常に急な石段が印象的。息が切れるというほどではありませんがちょっと怖いです。
■境内
江戸時代、火事焼失以前は随分にぎわったそうです。特に隔年で開催された祭礼はことのほかにぎやかで、境内には、茶屋、芝居小屋、相撲小屋、仲見世、露店が軒をつらねて並べたそうです。茶の木稲荷への石段は女坂といって、茶屋が何軒かあったそうですが今はとても静かで想像するのも難しいです。
■本殿
御祭神は誉田別命(第十五代應神天皇)、気長足姫尊(神功皇后・・應神天皇の母君) 與登比売神(應神天皇の姫神)。

亨保十年(1725年)の大火、昭和二十年五月二十五日の空襲によって本殿は2度焼失。現在の本殿は昭和37年に再建されたもの。

市谷防衛庁とのツーショットはなにやら”護国”という単語を強く連想させます。